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2011年3月18日 (金)

自分達のこれまでのあり方を振り返りませんか

あの恐ろしい日から今日で1週間です。

最初は大地震、その後すぐに大規模な津波が人々や町そのものを飲み込み、さらに、今は原子力発電所の大事故が我々人間社会を破壊しようと、その恐ろしい牙を剥き出しにしています。

その何匹もの「人間の作った暴れるモンスター」(原発プラント)たちに対して、東京電力社員や自衛隊の隊員などの作業員達が不眠不休で、まさに命をかけて立ち向かっています。

今では海外で「ザ・フクシマ・フィフティ」(http://www.boingboing.net/2011/03/15/the-fukushima-fifty.html)とも呼ばれているらしく、実際のところは総勢50名~70名とのことですが、まさに放射能の被ばくや水素爆発などの危険に隣り合わせとなりながらの修復作業をしています。私達みなのために闘っているのです。

この人工モンスターである原発プラントは、我々が重宝にかつ雑に使いまくってきた「電気」を、それまではおとなしく人間の希望どおり作り続けてきたのですが、先週金曜日に突然姿を現した自然の怪物たち、大地震と大津波にいとも簡単に急所を攻撃されて、もはや正常ではなくなってしまいました。いや、この人工モンスターはむしろ本来の危険な本性をむき出しにし始めた、とも言えるかもしれません。まるで、大地震や大津波は、人間のちっぽけな能力をあざ笑うかのように、その力を見せつけている、という印象です。

そして、我々が今では空気と同じくらい無くてはならない存在として崇め奉っている「電気」をもはや作ってくれなくなっているどころか、その人工モンスター自身が我々にとって致命的な放射能を撒き散らそうとしています。

そして、そのザ・フクシマ・フィフティの方々はこの人工モンスターを何とかなだめようと必死の作業をしているのです。

また、電気不足になってしまったこの日本社会が破綻してしまうことを何とか防ぐために、その他大勢の我々は「停電する」ということを通して協力しようとしている日々です。

そんな中、街ではあまり協力的ではない一部の店舗が電気を節約していませんし、一部の人々は自らのエゴで保存食や水やガソリンの買いだめに走っています。

そして、TVはどうでもよい番組をもう流し始めています。

そんなに各局全部で放送時間を番組で埋めようとしなくったっていいんじゃないでしょうか?
そういう娯楽番組が少しでも無いのが、そんなに耐えられないものですかね?
「全てが辛いニュースばかりでは、かえって社会が暗くなるから」というご意見も随分あるようですけど、日本人って、そんなに弱かったですかね?日本人って、いつからそんなに軽薄な国民になってしまったのですかね?いつからそんなに薄情になったのでしょうか?

こういうときは、NHKや海外の報道局CNNに加えて、せいぜいバラエティでも報道でもない番組をやる局が1~2局程度あれば、それでもう十分なのではないでしょうか?

また、深夜過ぎから明け方までTVは休止してもよいのではないでしょうか?

省エネしなきゃならないのでしょう?

そのザ・フクシマ・フィフティの方々は、まさに今この瞬間も死と隣あわせで作業中なのですよ?

避難している人々への物資も、燃料不足のために運べないという、緊急事態の真っ最中なのですよ?

その作業員達がまだ頑張っているんですよ?

被災された方々がいまだに避難所で寒さに震え、空腹に耐え、希望を失いそうになっているんですよ?

まさしくそういうときなのに、TV局は自分達も何とかして被災した方々や命がけで原発に立ち向かっている人々に精神的に寄り添う、祈りを送る、応援している、という姿を示そうとは思わないのでしょうか?もし、娯楽番組を流すことで応援していると思い込んでいるとしたら、それは大きな思い上がりで、勘違いもはなはだしいと私は思いますけどね。

必死で作業している人がいるのに、必死に生きようと嘆きもがき苦しんでいる人々がいるのに、その同時間帯に、どうでもよいくだらない番組を流して、国民に軽薄な笑いを誘うなんてもってのほかだと思います。私は軽蔑しちゃいますね。

またTV局だけではなく、我々も一人ひとりが、例えばこの計画停電をむしろチャンスと捉えて、今までの便利な現代生活に対してあぐらをかいてきた自分たちを反省し、感謝の念を思い出すべきなのではないでしょうか?

今ほど、人間が自然への畏敬の念を忘れ、自分達の力を過信し過ぎている時代はなかったのでは?

だから、そんなにすぐにどうでも良い番組がTVで横並びで復活するのを見ると、私はどうしても強い違和感を感じてしまうのです。

・・・まあ、私の意見が少し極端なのかも知れませんから、適当に聞き流してくださって構いませんからね。取り急ぎ、今日も毒を吐きました。

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ところで、これは先日、夜間の時間帯に計画停電があったときの写真です。マンションがこんなふうになりました。非常灯だけ点いています。

20110316191324_3

暗い階段をずっと上まで上がりました。腿が疲れました。真っ暗の自宅中ではロウソクに灯をともしました。ラジオをつけました。そして、それまで様々な現代の利を感謝の気持ちも忘れて当たり前に使ってきた自分を反省しました。

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さて、明後日20日(日)は満月です。
残念ながらお天気は下り坂らしいので、お月様の光はほどんど期待できないかもしれないのですが、でも、もしかすると夜空に輝くお月様の光を見ることができるかもしれません。月の光が待ち遠しい♪な~んて、しばらく忘れていた感覚ですから、ちょっと楽しみにしようと思います。

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コメント

串田先生

東日本大震災から早1週間余経た現在、地震の被災地はもとより、福島原発事故の惨状に日々胸が痛みます。

息子も無事卒業の判定が学校から送られてきたものの、卒業式が中止に。
親子ともども落胆しておりましたが(昨年からチケット、宿泊を予約)地震の被災者の見るにつけ、元気で生きてさえいればまた、次が必ずあるということに気が付きました。

ある評論家がTVで、「過去、政が不安定の中で、大きな災いが起こる」と話していました。根拠はないとのことですが、自民党から民主党に政権が移行するする前段の年金問題、移行後の政治的混乱、この中での大震災、何か因縁めいているように感じられます。

今、チェロの巨匠カザルスによる「ホワイトハウス・コンサート」
を聴いています。このコンサートはケネディ大統領に招待された
時に演奏された歴史的名盤といわれています。
このアルバムの最後の「鳥の歌」は祖国スペインに対する想いをこめて弾いているとのことですが、今改めて聴いてみて、今回の震災の鎮魂歌のように感じられました。

函館では、ときおり余震が起こっています。数10分前に大きな揺れを感じました。

関東では計画停電など、地震、福島原発事故の影響が続くと思われます。

日々、お元気にお過ごしなさるようお祈りいたします。


投稿: parent | 2011年3月20日 (日) 22時07分

parentさん、丁寧なコメントをありがとうございました。
ご子息のご卒業おめでとうございます。
この度は卒業式が中止になり、本当に残念なことでしたね。
また、さらに卒業式に御出席を予定されていたparentさんたちも全て諦めなければならないことになったのですね。本当に残念でしたね。
こういうことって、あるものなのですね。何百年に1度と無い大災害だったということなので、すべてが「異例」のことだらけになってしまって、あれこれショッキングなことですよね。

チェロの巨匠カザルスの「ホワイトハウス・コンサート」の、特に「鳥の歌」ですね。今度ぜひ聴いてみます。良いお勧め情報をありがとうございます。音楽はやはり癒してくれるものですね。

関東地方はまだ頻発する余震や今後の電力量の見通し、など、他の地方と同様なのですが、まだまだ予断を許さない状況です。
しかし、これも他の業種と同じですが、大学の方では新学期の開始に向けて今急ピッチであれこれ動いており、在校生を含めてどの学生にとっても学業を受けやすい環境になるよう、しっかりと整えてあげられるようにただ今鋭意努力しているところです。

そちら函館でもまだ余震が続いているのですね。
どうぞ今後も御無事で、お体に気をつけてお過ごしくさいませ。

投稿: | 2011年3月21日 (月) 14時44分

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