今日の午後のブレイクは
アメリカン・チェリー
少し酸味があるところが、いいですね ヽ(´▽`)/
アメリカン・チェリー
って、確か、昭和の時代にはまだ珍しかった果物ですよね
昭和の時代にアメリカに留学に出かけて、その後帰国したら、いつの間にか日本は「平成」の時代になっていたんですが、平成に入ってからの果物、って感じみたいですよね。
アメリカン・チェリー
について調べたら、その輸入量の推移について書かれているサイトを見つけました。 →こちら やっぱり、平成に入ってからダントツに輸入量が多くなっていますね。
アメリカンチェリーで思い出すのが、10年くらい前に金沢文庫キャンパスで非常勤で英語を教えに来ていたダリル・オースチン先生。テキサス出身。
アメリカ軍基地内の小学校へ務める奥様に同伴して日本に来日、本来は軍基地内の住宅に住むはずですが、できるだけ日本の普通の人々と交流したい、というご希望で、葉山の大きな貸家に住んでいた先生でした。
ある朝、文庫キャンパスの講師控え室に着くと、オースチン先生は近くのコンビニで買ってきたという
アメリカンチェリーを3パックほど嬉しそうにビニール袋から取り出し、中をあけて、私と講師控え室のアシスタントの方に「どうぞ、どうぞ」と差し出てくださいました。
もちろん、洗っていません。洗わないのが普通、という感じで、さっそくご自分では召し上がり始めていました。
そのアシスタントの方と私は、折角だから、ということで、いくつか頂きまして、さっと水洗いしてから頂きました。
とてもみずみずしくて、美味しかったことを、5月の朝のひやりとした空気の感覚と共に今でも鮮明に思い出します。
オースチン先生はその後、奥様の転勤でイタリアに移り住んだのですが、その後1年もしないうちに、体調を崩してアメリカにお帰りになったと聞きました。
かわいそうなことに、実は、その時すでに末期のすい臓癌におかされていたそうです。
その後ほどなくして私たちに訃報が届きました。
日本のコンビニが大好きだったオースチン先生、
この時期、アメリカン・チェリーを見るたびに思い出しちゃいますね
天国
からときどき私たちのことも見守っていてくださいね
(*´ェ`*)
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